チェルノブイリ原発事故 奇形

チェルノブイリ原発事故と奇形について

チェルノブイリ原発事故と奇形について解説します。

 

前半では、事故の解説を行い後半では奇形についての画像などがあります。

 

チェルノブイリ原発事故の経緯

 

チェルノブイリ原発事故は1986年4月26日に旧ソ連ウクライナ共和国北部に位置するチェルノブイリ原子力発電所で発生した原子力発電史上最悪の事故と言われる事故である。

 

当時のチェルノブイリ原子力発電所にはソ連が独自設計開発した4つの原子炉が稼働していた。そのうちメルトダウンし、爆発したのは4号機であった。

 

事故当時爆発した4号機は操業停止中で、原子炉が停止した場合の機器作動テストや特性実験を行っていたが、その実験中に制御不能となって、炉心がメルトダウンし爆発が発生した。原因は特殊運転による運転員の教育不足等が挙げられている。

 

この爆発によって、大量の放射性物資が大気中に放出され、広島や長崎に投下された原子爆弾も100倍から400倍といわれる放射能が撒き散らされたといわれる。

 

事故が発生した後、当時のソ連はパニック防止や機密漏洩のため、この事故を公表しなかった。また、住民避難等の措置を取らなかったため、住民は高濃度の放射線物質を浴び続けることとなり被曝状態となった。

 

4月末までにはヨーロッパ各地で、5月上旬にかけて北半球のほぼ全域で放射能物資が観測された。その後、ソ連による減速材として炉心内へ鉛の投与等の応急措置が取られた後に、爆発した4号炉をコンクリートで覆う石棺の工事が始められ、延べ80万人の人員が動員により、11月末には完成した。

 

チェルノブイリの被災者は、事故時に居合わせた人が約1000から2000人、石棺工事を含んだ後始末に従事した人が80万人、周囲30キロメートルから避難した人約12万人、汚染がひどい地域から避難した人10万人、放射能が及ぶ地域の人が700万人といわれる。よって放射能汚染地域に住む人々は甲状腺等の内分泌系や血液系疾患の発症が認められている。

 

事故から30年以上経過した今でも、周囲30キロメートル圏内には居住できず、未だに周囲には高濃度汚染地域が点在している。また、突貫で作業した石棺の損傷はひどく、現在シェルターで覆う工事が進んでいる。

 

この地域の放射能汚染が除去され、元の状態に復旧するのに何年要するのか予想もつかない状況である。

 

チェルノブイリ原発事故と奇形

チェルノブイリ原発事故では、奇形が多く発症しています。

 

それらについて下記が参考になります。